(しょ)(せき)(ろん)(ぶん)

(ろん)(ぶん)

(ろん)(ぶん)

(しん)(らん)(おう)(じょう)()(そう)(げん)(しょう)(しょう)(じょう)(じゅ)(ちゅう)(しん)に~

()() (くん)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)(きょう)()()

()(りょう)(しゅう)(きょう)()(がく)(てき)(せい)(めい)(かん)(しん)(らん)(せい)(めい)(かん)

()() (くん)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)(だい)(がく)(いん)(きょう)()()

(おき)(なわ)(みん)(ぞく)(しゅう)(きょう)(じょう)()(しん)(しゅう)との(かか)わり

()() (けい)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)

(じょう)()(しん)(しゅう)(しゅう)(きょう)における(しゃ)(かい)とのつながり

()() (けい)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)(だい)(がく)(いん)

(おき)(なわ)(じょう)()(しん)(しゅう)について

()() (ごう)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)

ぶっきょうしゃたすやくわりいちこうさつ〜スポーツせんしゅのセカンドキャリアにちゃくもくして〜

()() (ごう)(りゅう) (りゅう)(こく)(だい)(がく)(だい)(がく)(いん)

(ちゅう)(ごく)(とう)()(だい)における『(ぶっ)(せつ)(かん)()(りょう)寿(じゅ)(きょう)()』の()(かく)(けん)(きゅう)(ぜん)(どう)(だい)()()(しょう)(だい)()(たち)()から~

()() (りゅう)(しょう) (おか)(やま)(だい)(がく)(だい)(がく)(いん)(おか)(やま)(けん)

(きよ)(ざわ)(まん)()の『(しゅう)(きょう)(てつ)(がく)(がい)(こつ)』における(ゆう)(げん)(とう)(いつ)(ろん)()(げん)(とう)(いつ)(ろん)(けん)(きゅう)

()() (りゅう)(しょう) (おか)(やま)(だい)(がく)(だい)(がく)(いん)

(しん)(らん)(たい)(ちゅう)()(ほう)()(きょう)における(ねん)(ぶつ)(こう)(りゅう)()(かく)(けん)(きゅう)(とう)(ごく)()(じゅう)()(はい)(りゅう)(きゅう)エイサー念仏踊り(ちゅう)(しん)に~

()() (りゅう)(しょう) (じょう)()(しん)(しゅう)(ほん)(がん)()()西(にし)(ほん)(がん)())・(がっ)(かい)(じょ)(きょう)

おきなわにおける『「りゅうきゅうおきなわのしきたり」のまちせんげんぜん

  りゅうしょう おきなわぶんきょうかいおきなわ)『ぶんまどだい48ごうどうするチュしまぶん)』

 わたしが、おきなわさいいんきゅうよう(コザほんがんとういん〉)へようふくじゅうしょくいんこうけいしゃ〉)としてむかえられ、はやいもので26ねんさいげつながれる。

 ここだけのはなしとういんがいからも、きょうおおさかふくおかなど、うぬれだがいんへのようえんぐみひくあまだった。

 なぜ、そのなかから、さいつ、えんもゆかりもないおきなわえらんだのか?

 ゆうは、『チュしまチュうみチュスラチュンチュ』、おきなわあいしてやまないおおくのひとびとどうよう、コバルトブルーのひかかがやしまうみそらひとりょうされたからにほかならない。

 いまさらこうであるが、けっして、『チュティラ』とばれてひさしいとういんようえんぐみぼういだいたからではない。

 とうわたししょぞくするほんさいだいしゅうじょうしんしゅうほんがん西にしほんがん)では、おきなわをして、ぶっきょうじょうしんしゅうにおけるかいあんもくのうちにする『おきなわかいきょう』とんでいた。

 そのきょうでんどうきわみであるかいきょう使めいかんえていたわけでもない。

 とうぜんとういんようえんぐみについて、しゅうだいはんたいゆいいつかいしゃは、さいのみであった。

 といっても、どもたちおとこにんしょうがくねんせいいくえんせいにゅうものごころつくかつかないか。

 つまは、しょうさいについてなにかず、

ぶんめたことならいいんじゃない?」

ごうかいわらばしていた。

 いまおもえば、おさなどもたちかかえ、きょういくしゅうにゅうしょうらいなど、そうとうあんであっただろうに。

 かのじょには、こんにちいたるまで、ろうのかけどおしである。

 しかし、わたしにとって、このかのじょからのこんきょのないしんらいらっかんてきせいかくが、なごえんとでもまとめておきたく、けっとういんにゅうするけっていとなった。

 すでに、そうりょとして、とくそうりょめんきょ)・きょうじゅうしょくめんきょ)・がくかいがくもんめんきょ)・きょう使せっきょうめんきょ)をしゅとくしていたので、いずれはエリートそうりょなびかせ、おきなわさいのごいんさまのごじゅうしょくさまとして、かがやかしいバラいろじんせいおくる・・・はずであった。

 この「はずであった」がなければ、『ぶんまど』のらいげん稿こうひょうだいにはきつかない。

 ここからが、ユタ琉球・沖縄祭事者などのせんせいつたえる、『せんすうはいりゅうきゅうなし』のハイレベルなりゅうきゅうおきなわのしきたりとのいである。

 わすれもしない、へいせい11(1999)ねんがつにちのこと、きょうおかやまくうこうからくうこうき、おきなわどうしゃどうからまっっすぐとういんとうちゃくしたさきようであるせんだいとういんだい17だいじゅうしょくしゅうしん)から、「たいへんもうわけないが、すぐ、おきなわじゅうさんかいにおまいりしてください」とのごらい

 わたしげんかんもつくや、りゅうきゅうおきなわのしきたりのきょういくけないまま、らずのおきなわニンチスーコーご法事せんれいけることになった。

 いまおもえば、わたしもそうであるが、せんだいこそおそれをらないチューバー強者である。

 このニンチスーコーご法事にごしんぞくとしてごしゅっせきされていたのが、コザ・さとはもとより、りゅうきゅうおきなわのしきたりをじゅくするおおしょたかとよせんせいであった。

 このなるいが、こんわたしのライフワークである『めざせ!ウチナーンチュ沖縄県民!』にこうそうすることになる。

 じゅうさんかいきょうしゅうりょうすると、とよせんせいから、

ヒジャイヌウグヮン左の御願ウヌゲーサビラお願いします

とのおこと

 いまわたしであれば、
ナラーチキミソーリヨーサイ教えてください
とでもごどういただくのであろうが、如何いかんせん、おきなわとうちゃくホヤホヤのこと、しょうじきぜんじゅつけいことだいをおつたもうげ、

ヒジャイヌウグヮン左の御願ウヌゲーサビラお願いします

をおたずねした。

 とよせんせいは、

「あ~、ナイチャー県外の方ね?」

わたしくばりし、てきひょうじゅん使つかってくださった。

 「おきなわでは、ヒジャイニジリニジリヒジャイなのですよ」

わらいをこらえながらごせつめいをいただいたことがなつかしい。

 「はっ?ヒジャイニジリニジリヒジャイけいめいなのですが?」。

 このせつめいせつめいにならず、さらにせつめいひつようてんこそ、りゅうきゅうおきなわのしきたりのだいである。

 しょうさいは、おぶつだんかうわたしからのみぎがわは、ウヤファーフジご先祖からのひだりがわにあたるということなのだが、わたしはこのとき、からうろこちるようなおもいであった。

 これって、もしかしたら、いんちゅうごくほんでんする、ぶっきょうじょうそうそのままではないかと。

 わたしたちかいのことをげんシマクトゥバ沖縄方言ではイチミ今生といい、ウヤファーフジご先祖こうふくむ、ほとけさまかいのことをじょうらいシマクトゥバ沖縄方言ではグソー後生というが、このまよいのかいであるぜんしゃさとりのかいであるこうしゃがん(こちらのきしさんかわはさわたしたちきし〉)とがん(あちらのきしさんかわはさほとけさまきし〉)にたとえるげんろんこそ、ぶっきょうじょうそうにおけるほんてききゅうさいかいかんである。

 つまり、げんろんとはまよものさとものじょうぶつにおけるそうかんけいほかならない。

 わたしのうには、そうとうごとく、せんもんぶんとするてつがくしゅうきょうがくぶっきょうがくしんしゅうがくじょうしんしゅうがく)のそうろんかくろんめぐおもいであった。

 えれば、

ヒジャイニジリニジリヒジャイ

とは、みぎがわていは、ぶんみぎがわでありあいひだりがわでもある。

 ひだりがわていは、ぶんひだりがわでありあいみぎがわでもある。

 ここにくわえることの

グソーヌヒジャイ後生の左ウヤファーフジヌヒジャイご先祖の左

という、みぎがわゆうせんするのでなく、しゃひだりがわゆうせんするとき、おのずからあいおもんじけいするおもいやりのこころえてくる。

 つまり、わかものでいう『ちゅうちゅうしん)』ではないということであり、これをせんもんようでは『よう』という。

 「てんてんがつながればせんになり、せんせんがつながればめんになり、めんめんがつながればはこになり、はこになればなにかのやくつ」

とはおんからたまわる『いちせんしんいちがくしん』のきょういくかくげんである。

 とよせんせいにはふか々といちれいもうげ、このとき、わたしは、りゅうきゅうおきなわのしきたりのかがやかしいのうせいわたしにしかできないしゅうきょうてつがくしゃそうりょとしてのおきなわにおける使めいおんからたまわきょういくかくげんにつなげつつ、おきなわそんざいするたしかなごたえをた。

 げんざいわたしは、おきなわけんりつがっこうおきなわけんみんだいがくおきなわけんけいさつなど、しゅようこうえんかいこうはいめいするが、ほんは、スタンドポジションをかずしゃく、この「ヒジャイニジリニジリヒジャイ」のひがしアジアけんゆうげんろんそうこんていに、『ひとひととのごう』、『ウヤファーフジトゥウヤヌグウンご先祖と親のご恩』のにんげんきょういくろん・『りゅうきゅうおきなわろん』をゆうえんだいとしててんかいしている。

 とよせんせいには、どうに、

きゅうようはコザのさつなので、をしないよう、『ヨンナーゆっくりヨンナーゆっくり』ですよ」

とのありがたいゆうめいたまわった。

 だんだが、わたしはついさいきんまで、おきなわおおみょうの『)さん』・『しろしろ)さん』の『)』のげんは、この『ヨンナーゆっくり=ヨナ=)』にらいするとかっおもんでいた。

 それほど、わたしにとって、『ヨンナーゆっくり』は、これからのおきなわにあって、わたしはっするところ、『「りゅうきゅうおきなわのしきたり」のまちせんげん』のきっかけとなるクガニクトゥバ黄金言葉であった。

 ぶんんだわたしにとって、りゅうきゅうおきなわのおそうしき・ごほうねんじゅうぎょうは『おきなわかいきょう』といえどもせんもんぶんであるはずだった。

 ゆうは、なんといってもわたしにはめんきょがあり、やくしょくがあり、もっとわせていただければ、がくれきもあり、すばしいおおくのおんからごどういただいたけいけんもあったからである。

 しかし、このおもいは、おきなわしょにちこっじんとよせんせいはじめ、ひとびとせんせいトートーメー琉球・沖縄位牌ヒヌカン火之神などのぶつしんたいするきょうようレベルはあまりにたかく、わたしはいつしかりょくそうりょしていた。

 じんせいはつおおきなせつあじわったわたしではあったが、おんいわく、

といいをつづければ、こたえはおのずとんでくる」

ごとく、りゅうきゅうおきなわのしきたりをまなびたいというこうがくは、せつはんれいし、すばかりであった。

 そのようなさきぶしゆうめいくにがみそんぐうぜんヨンナーゆっくりとダブるのがなごえん?)のおそうしきにおまいりさせていただいたときのこと。

 りゅうきゅうおきなわぶつしんあかるいいきめいみやなりせんせいから、

「おはかメージュク前卓シルイフェー白木位牌きますか?」

とのおたずねをいただいた。

 「ん?メージュク前卓シルイフェー白木位牌?」

メージュク前卓いたっては、りゅうこくだいがくきょうじょだいがくなどのぶっきょうけいだいがくならなんどくかんひとつである。

 おきなわほんとうほくいちいきでは、おそうしきうことができないかいそうしゃのため、2あるシルイフェー白木位牌のうち、ひとまわちいさなノイフェー野位牌シンジュークニチー四十九日までぜんかりあんするしきたりがさんけんできる。

 ちょくせつめんくとしつれいたるというけいねんから、しらづくえうえようするのだが、このしらづくえぜんじゅんされることから、せんもんようでは、『ぜんしらづくえたく)=まえじょく』という。

 まえじょくは、『まえたく』とみたいところであるが、ちゅうごくおんかんおんとうおんなどをかんがみ、きつくところ『まえじょく』とむのがせいしきである。

 どうに、『ぶつぜんうえつくえたく)=うわじょく』といい、うわじょくも『うえたく』とみたいところであるが『うわじょく』とまなければならない。

 このあたりがぶっきょうじょうしんしゅうをしてなんかいわしめる所以ゆえんであろう。

 とにかく、せんもんようかたひとつにしてもひとすじなわではいかないのがぶっきょうじょうしんしゅうである。

 ところが、な・な・なんと、おきなわではこのなんどくかんつうめるのである。

 ユタ琉球・沖縄祭事者などのせんせいだけでなく、りゅうきゅうおきなわのしきたりにくわしいかたがたであれば、にちじょうかいはしばしてくるレベルなのである。

 かいせつさせていただかねばなるまい、

「おはかメージュク前卓シルイフェー白木位牌きますか?」

メージュク前卓は、シマクトゥバ沖縄方言にあって、『メー=まえ=まえ』・『ジュク=じょく=たく』のおんせいへんかんであり、あるしゅなまりとのこと。

 つまり、メージュク前卓はそのまままえじょくとなり、しかもなんどくかんでありながら、おきなわではまえじょくを『まえじょく』とむことをぜんていに『メージュク前卓』とおんせいへんかんされているのである。

 さらに、この『メー』はけいさいたるものであることにもづく。

 どくしゃみなさまにもウチアタイ思い当たりしていただけることであろう。

 いちれいもうげれば、『タンメー祖父』・『ウンメー祖母』・『トートーメー琉球・沖縄位牌』、とくに『トートーメー琉球・沖縄位牌尊御前トートーメー』という、りゅうきゅうおきなわのしきたりのカタカナひょうかんへんかんできるのは、げんだいおきなわにあって、わたしとういんじゅうしょくふくじゅうしょくのみがおいえげいとするがくもんてきせいである。

 これはとてもじゅうようなことで、あんにトートーメーとカタカナひょうしてしまうと、『トートーメー=イフェー位牌』とおもわれがちだが、『トートーメーのうた』にもあるよう、『トートーメー=ウチチお月様』のやくにもがいとうし、つまり、トートーメーには、イフェー位牌ウチチお月様りょうそんざいすることになる。

 しょしんしゃにしてみれば、このりょうそんざいすることは、がくもんじょうおうようさまたげになるのうせいがある。

 このてん、カタカナひょうかんへんかんしておけば、ほんらいインちゅうごくらいりゅうきゅうおきなわのしきたりがかんひょうであったことにせいごうし、そのげんやくにもかいしょうじにくくなる。

 もちろん、カタカナひょうちょうしょは、したしみやすさであることはひゃくしょうしつつ、カタカナ・かんがくもんじょうくるまりょうりんごとかつようさせていただいている。

 もとい、『タンメー祖父』・『ウンメー祖母』・『トートーメー琉球・沖縄位牌』の『メー』がけいさいたるものであるとぜんじゅつしたが、まことじゅうようことには『メー』をおお使ようするのがシマクトゥバ沖縄方言とくちょうである。

 だんであるが、きゅうれきついたちじゅうにちの『ヒヌカン火之神』やヤシチヌウグヮン屋敷の御願の『ジーチヌカン土地の神』・『トゥクヌカン床の神』・『フールヌカン便所の神』も、そのままでは、かみかみとこかみ便べんじょかみてにしていることから、けい使ようするとき、『ミーヒヌカンガナシーメー御火之神加那志前』・『ミージーチヌカンガナシーメー御土地之神加那志前』・『ミートゥクヌカンガナシーメー御床之神加那志前』・『ミーフールヌカンガナシーメー御便所之神加那志前』とへんかんされ、ここでも『メー』がそくされる。

 ナイチャー県外の方わたしからすれば、おきなわでは、じゅうようなことやうやまうとき、いつも『メー・メー・メー』、まるでヤギやヒツジぼくじょうさんさくするようなこころいやしをかんずる。

 ぎゃくに、『メー』をみみにすると、きんちょうしつつ、すじびるおもいでもある。

 そのような『メー』のつく『メージュク前卓』をなりせんせいからおきしたとき、このかいせつは、如何いかなるおきなわのハイレベルなきょうようであっても、こんていには、てつがくしゅうきょうがくぶっきょうがくしんしゅうがくようひっであり、このけいけんから、りゅうきゅうおきなわのしきたりにあって、わたしにしかできないがくもんじょうちゃくがんてんづかせていただいた。

 あるときは、おんであるりゅうきゅうりょうけんきゅうぐちはつせんせいより、ウチヂヘイシ一部返しについてごどうたまわったことがある。

 はつせんせいから、

ウチヂヘイシ一部返しっていますか?」

のおたずねに、わたしは、

ゼニガタヘイジ銭形平次ならっています!」

とおこたえし、だいばくしょうしていただいたことをおぼえている。

 はつせんせいばんかんようかたで、おうようりょくみ、いつものおおせには、

おきなわのしきたりには、『できるひとようのしきたり』も『できないひとようのしきたり』もりょうほうあるので、ったもんち、しっかりべんきょうして、そのひとそのひとにあったアドバイスでひとだすけをしてください」

とのクガニクトゥバ黄金言葉たまわった。

 はつせんせいは、わたしおきなわにおけるははである。

 げんだいにあって、ウチヂヘイシ一部返しちょくやくやくきつくかたはとてもである。

 これも、わたしとういんじゅうしょくふくじゅうしょくがくもんてきせいである。

 りょうやくは、『ウチヂヘイシ一部返しいちがえし=いちこうかん』となる。

 このとき、おちいりやすいてんがあることをごしょうかいさせていただきたい。

 いちこうかんであれば、じゅうばこなかり、あたらしいしなついすればことりる。

 ところが、ここでもりゅうきゅうおきなわのしきたりがなんかいであるてんかいえる。

 じゅうばこなかをいきなりると、ほんのいっしゅんこうかんまでのあいだいっぴんくなることになり、ユタ琉球・沖縄祭事者などのせんせいから、

ウグヮンブスク御願不足どーやー!」

とのそくをごてきされる。

 このそくのごてきは、『いっぴんくなる=マイナス1はっせいする=そくはっせいする』のりゅうきゅうおきなわのしきたりのほうていしきである。

 このことをぜんふせぐため、せんじんジンブン教養として、ウチヂヘイシ一部返しするとき、じゅうばこなかをいきなりるのではなく、いっぴんじゅうばこうえに『いちがえし』て、『マイナス1はっせい』しないようはいりょし、ったきまこうかんあたらしいいっぴんついし、じゅうばこなかそうすうがプラス1になったじょうたいから、ったなかウサンデー下げ膳するというのかかるじゅんおこなう。

 この『いちがえし』が『ウチヂヘイシ一部返し』とばれるゆえである。

 きつくところ、ウグヮンブスク御願不足にならないよう、りゅうきゅうおきなわのしきたりはどこまでもづかいとあいじょうほうこころなのである。

 もろもろ、いつしか、このようなわたしりゅうきゅうおきなわのしきたりのこうとなり、けんないしんぶんれんさいうけたまわり、らいしゅんには、5さつの『トートーメー琉球・沖縄位牌ひゃってん』をじょうさせていただけることになった。

 おそおおきかな、ありがたきかな。

 ほんとうは、そのじょうまで、このようなりゅうきゅうおきなわのしきたりのすばしさをおおやけはっぴょうしないでおきたかったのがほんである。

 しかし、おきなわぶんきょうかいシマクトゥバ琉球・沖縄方言もとちょうわたしおきなわちちであるようそうきちせんせいきょくちょうわたしおきなわあねであるきしもとのりえせんせいから、

さんよ~、おきなわぶんきょうかいの『ぶんまど』よろしくね~!」

のおことたまわり、たいへん、おになっているまえぜったいことわれないごらいたまわり、ほん稿こうよろこんでかせていただいたことをつつしんでごほうこくさせていただきたい。

 まっぴつには、めんとうじょうせんせいがたとこのおふたへのごおんがえしとして、いずれは、「おきなわけば、きゅうよう(コザほんがん)へけば、さんにえば、りゅうきゅうおきなわのしきたりをべんきょうできる、いままでのなやみをかいけつできる」とさまうわさになれるよう、わたしこころなかおおいなるゆめをいだいている。

 このことは、あつかましくもおおしきひろげさせていただけるのであれば、ひょうだいにもある~おきなわにおける『「りゅうきゅうおきなわのしきたり」のまちせんげんぜん~とうたってもごんではないとしている。

 もちろん、きゅうよう(コザほんがん)のようわたしとしては、そうだんりょうにさせていただきたい。

 ウチナーンチュ沖縄県民みなさまには、うごたいあれ!