球(きゅう)陽(よう)寺(じ)(コザ本(ほん)願(がん)寺(じ))

寺(じ)憲(けん)・家(か)憲(けん)

寺じ憲けん

寺(じ)憲(けん)・第だい1条じょう

 平へい成せい28(2016)年ねん、球きゅう陽よう寺じ(コザ山ざん ライカム院いん 球きゅう陽よう寺じ〈コザ本ほん願がん寺じ《沖おき縄なわ市し》〉)・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく式しき、当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく奉ほう告こく法ほう要ようの記き念ねん事じ業ぎょうの一いっ環かんとして、帰き依え 薫くん龍りゅう 師し(当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく)により、寺じ憲けん、別べつ名めい、寺じ訓くん・第だい1条じょうを、

「念ねん仏ぶつ我が栖せい尊そん兄けい 念ねん仏ぶつ尊そん兄けい栖せい我が(我われガ念ねん仏ぶつ二尊そん兄けい栖すム 尊そん兄けいガ念ねん仏ぶつ二我われ栖すム)」

と制せい定ていする。



寺(じ)憲(けん)・第だい2条じょう

 平へい成せい28(2016)年ねん、球きゅう陽よう寺じ(コザ山ざん ライカム院いん 球きゅう陽よう寺じ〈コザ本ほん願がん寺じ《沖おき縄なわ市し》〉)・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく式しき、当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく奉ほう告こく法ほう要ようの記き念ねん事じ業ぎょうの一いっ環かんとして、帰き依え 薫くん龍りゅう 師し(当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく)により、『三さん矢し之の訓くん(三さん子し教きょう訓くん状じょう〈毛もう利り 元もと就なり 公こう〉)』に倣ならい、 当とう院いん・子し弟てい3師し(帰き依え 薫くん龍りゅう 師し・帰き依え 啓けい龍りゅう 師し・帰き依え 剛ごう龍りゅう 師し)、兄きょう弟だい円えん満まんの如ごとく、寺じ憲けん、別べつ名めい、寺じ訓くん・第だい2条じょうを、

「寺じ院いん活かつ動どう充じゅう実じつノ一いっ矢し 住じゅう職しょく活かつ動どう充じゅう実じつノ二に矢し 開かい教きょう活かつ動どう充じゅう実じつノ三さん矢し(三さん矢し之の教きょう訓くん)」

と制せい定ていする。


家か憲けん)

家か憲けん・第だい1条じょう

 平へい成せい28(2016)年ねん、球きゅう陽よう寺じ(コザ山ざん ライカム院いん 球きゅう陽よう寺じ〈コザ本ほん願がん寺じ《沖おき縄なわ市し》〉)・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく式しき、当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく奉ほう告こく法ほう要ようの記き念ねん事じ業ぎょうの一いっ環かんとして、帰き依え 薫くん龍りゅう 師し(当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく)により、家か憲けん、別べつ名めい、家か訓くん・第だい1条じょうを、

「情じょう掛か流りゅう水すい 恩おん受じゅ刻こく石せき(掛かケタ情なさけハ水みず二流ながス 受うケタ恩おんハ石いし二刻きざム)」

と制せい定ていする。



家か憲けん・第だい2条じょう

 平へい成せい28(2016)年ねん、球きゅう陽よう寺じ(コザ山ざん ライカム院いん 球きゅう陽よう寺じ〈コザ本ほん願がん寺じ《沖おき縄なわ市し》〉)・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく式しき、当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく継けい職しょく奉ほう告こく法ほう要ようの記き念ねん事じ業ぎょうの一いっ環かんとして、帰き依え 薫くん龍りゅう 師し(当とう院いん・第だい19代だい住じゅう職しょく)により、家か憲けん、別べつ名めい、家か訓くん・第だい2条じょうを、

「有ゆう心しん物ぶつ平へい生ぜい有ゆう 無む心しん物ぶつ平へい生ぜい無む(心こころ・物ものノ有あレバ有あル平へい生ぜいヲ 心こころ・物ものノ無なケレバ無なイ平へい生ぜいヲ)」

と制せい定ていする。