法(ほう)座(ざ)・講(こう)義(ぎ)・講(こう)演(えん)会(かい)

講(こう)義(ぎ)

講(こう)義(ぎ)

大(だい)学(がく)院(いん)講(こう)義(ぎ)

◇星《せい》槎《さ》国《こく》際《さい》大《だい》学《がく》大《だい》学《がく》院《いん》(神《か》奈《な》川《がわ》県《けん》)

大(だい)学(がく)講(こう)義(ぎ)

◇星《せい》槎《さ》国《こく》際《さい》大《だい》学《がく》(神《か》奈《な》川《がわ》県《けん》)

◇岡(おか)山(やま)大(だい)学(がく)(岡(おか)山(やま)県(けん))

◇名(めい)桜(おう)大(だい)学(がく)(名(な)護(ご)市(し))

カルチャースクール講(こう)義(ぎ)

◇あがり浜はまカルチャーセンター(与よ那な原ばる町ちょう)

◇ウエル・カルチャースクール(那な覇は市し)

◇タイムスカルチャースクール(那な覇は市し)

◇ペアーレ沖おき縄なわ・タピック(沖おき縄なわ市し)

◇琉りゅう球きゅう新しん報ぽうカルチャー(那な覇は市し)

生(しょう)涯(がい)学がく習しゅう講(こう)義(ぎ)

◇上うえの森もり学がく園えん(与よ那な原ばる町ちょう)

◇浦うら添ぞえ市してだこ学がく園えん大《だい》学《がく》院《いん》(浦うら添ぞえ市し)

◇うるま市し生(しょう)涯(がい)学がく習しゅうフェスティバル(うるま市し)

◇かりゆしシニア大《だい》学《がく》(沖おき縄なわ市し)

◇ペアーレ楽らく園えん・幸こう寿じゅ大《だい》学《がく》校こう(沖おき縄なわ市し)

『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』講(こう)義(ぎ)

 上じょう記きは、球(きゅう)陽(よう)寺(じ)(コザ山ざん ライカム院いん 球(きゅう)陽(よう)寺(じ)〈コザ本(ほん)願(がん)寺(じ)《沖(おき)縄(なわ)市(し)》〉)が担たん当とうする講(こう)義(ぎ)の一いち部ぶです。

 関かん係けい各かく位いの皆みな様さまには、お申もうし込こみ・お問とい合あわせをいただき、心こころより、厚あつくお礼れいを申もうし上あげます。

 当とう院いんは、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』を誘ゆう因いんとし、仏ぶっ教きょう・浄じょう土ど真しん宗しゅうを講こう義ぎさせていただいています。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』とは、僧そう侶りょ・学がく者しゃの両りょう面めん性せいを持もち合あわせる当とう院いんの住じゅう職しょく・副ふく住じゅう職しょく・前ぜん住じゅう職しょくが、ユタ琉球・沖縄祭事者などの方かた々がたを中ちゅう心しんとする、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ祭さい事じ』の対つい義ぎ語ごとして使し用ようする、宗しゅう教きょう学がく上じょうの専せん門もん用よう語ごです。

 沖おき縄なわ県けん内ないでは、一ひと口くちに、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』と申もうしましても、沖おき縄なわ全ぜん島とう、各おの々おの、作さ法ほう・心こころ得えが異ことなります。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』は、学《がく》術《じゅつ》的《てき》・学《がく》問《もん》的《てき》分ぶん類るいとして、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・哲てつ学がくと『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくに大だい別べつできます。

 さらに、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくは、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がく(家か庭てい教きょう育いく学がく)と『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がく(社しゃ会かい教きょう育いく学がく)に大だい別べつできます。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・哲てつ学がくとは、 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』の風ふう徳とく・土ど徳とくを研けん究きゅう・学がく習しゅうする目もく的てきがあります。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくとは、青せい少しょう年ねんが、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』を体たい験けんすることにより、風ふう徳とく・土ど徳とくは、勿もち論ろん、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわの思し想そう』・『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわの歴れき史し』・『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわの非ひ戦せん・いのち』を研けん究きゅう・学がく習しゅうする目もく的てきがあります。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくの実じっ践せんとして、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がく(家か庭てい教きょう育いく学がく)と『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がく(社しゃ会かい教きょう育いく学がく)の研けん究きゅう・学がく習しゅうは、青せい少しょう年ねんが、家か庭てい・社しゃ会かいの一いち員いんとしての自じ覚かくを持もち、自じ己この考かんがえだけに留とどまらず、率そっ先せんし、他た者しゃの考かんがえも受じゅ容ようする、多た様よう式しき・人にん間げん形けい成せいを目もく的てきとしています。

 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくは、非ひ戦せん・いのちの尊そん厳げん性せいが根こん底ていにあり、未み来らいを担になう、青せい少しょう年ねんの人じん生せいが、有ゆう意い義ぎに、且かつ、逞たくましい日ひ々びであるようにと願ねがってやまない、青せい少しょう年ねん健けん全ぜん育いく成せいにおける、当とう院いん・固こ有ゆうの教きょう育いく理り論ろんでもあります。

 当とう院いんは、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・哲てつ学がくについて、沖おき縄なわ県けん民みんを対たい象しょうとする、『沖おき縄なわ学がく習しゅう(葬そう式しき・法ほう事じ・年(ねん)中(じゅう)行(ぎょう)事(じ))講(こう)義(ぎ)』・『沖おき縄なわ学がく習しゅう(エイサー念仏踊り)講(こう)義(ぎ)』『沖おき縄なわ学がく習しゅう(非ひ戦せん・いのち)講(こう)義(ぎ)』を県けん市し町ちょう村そん、教きょう育いく委い員いん会かい・老ろう人じんクラブ連れん合ごう会かい・婦ふ人じん連れん合ごう会かいなどで実じっ践せんさせていただいています。

 無む論ろん、 『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくについて、青せい少しょう年ねんを対たい象しょうとする、講こう義ぎも同どう様ようです。

 具ぐ体たい例れいを申もうし上あげますと、沖おき縄なわ県けんでは、ウグヮンス御元祖・ブチダン仏壇・ハル墓の重じゅう箱ばこ・菓か子し・果くだ物ものなど、ウサギムン供物をウサンデー下げ膳するとき、老ろう若にゃく男なん女にょを問とわず、

「ウサンデーサビラ下げ膳します」

とウートートゥ合掌します。

 沖おき縄なわ県けん内ないでは、一いっ見けん、日にち常じょう茶さ飯はん事じの光こう景けいかと思おもいますが、グソー後生のアミダブトゥチ阿弥陀如来・ウヤファーフジ先祖を畏い敬けいしつつ、優しく気き遣づかいながら声こえかけをする、思おもいやりの心こころが、

「ウサンデーサビラ下げ膳します」

というウグヮンクトゥバ御願言葉・グイス拝詞にあるといわれています。

 現げん代だいの家か庭てい問もん題だい・社しゃ会かい問もん題だいにあって、私わたし達たち、各おの々おのが、

「ウサンデーサビラ下げ膳します」

と同どう様よう、自じ己こ・他た者しゃを畏い敬けいする、

「ウートートゥ合掌」

の心こころに恵めぐまれるとき、諸しょ問もん題だいのみならず、人じん生せいも好こう転てんするのではないでしょうか。

 そのような、大おおいなる夢ゆめを持もちつつ、沖おき縄なわ県けん内ない、行ぎょう政せい・企き業ぎょう・学がっ校こうなどにて、『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・哲てつ学がくと『琉りゅう球きゅう・沖おき縄なわ学がく』・教きょう育いく学がくを誘ゆう因いんとする、仏ぶっ教きょう・浄じょう土ど真しん宗しゅうを講こう義ぎを実じっ践せんさせていただいています。

 「サリ、アートートゥ、ウートートゥ(謹つつしんで、合がっ掌しょう・礼らい拝はい)」

 上じょう記き、講こう義ぎのお申《もう》し込《こ》み・お問《と》い合《あ》わせは、当《とう》院《いん》・事《じ》務《む》局《きょく》、
098-933-6431
kyuyoji@kyuyoji.com
まで、ご遠えん慮りょなくご連れん絡らくいただきますよう、何なに卒とぞ、宜よろしくお願ねがい申もうし上あげます。